子どもが “自分” を意識するとき

先日、高校2年生の娘と会話をしていた時のこと

ふと、人間てどんな存在なんだろう?という話になりました。

すると

「私ね、小さい時、自分の足を触った時、ここが終わりなんだって思ったんだ~」

と娘。


どういう意味? と聞くと


「身体を触っていって、足の指を触った時、自分の終わりはここなんだって思ったんだよ。」


それは、人間が触れて、見えるこの身体だけの存在ではなく、「中身」がある、ということのようです。それは、人間の霊的な部分、魂 とも表現されるものかもしれません。

その部分には限界がない。でも、身体に入った時、限界を感じたということ。

それって、自分はどんな存在なのか? 最初に認識した時のことなのだろうと思います。


それがいつ頃のことだったのか、聞きそびれましたが、

あの子が小さい頃、そう感じたことを、今思い出してくれてシェアしてくれたことを、

何だかとっても嬉しく思いました。


嬉しいと思ったわけは、

身体には終わりがあるけれど、終わりのない無限な「中身」の部分=本質的な自分がある、ということを思い出してくれたと感じたからでした。


子どもの何気ない言葉は、新しい発見や気づきにつながります。


そして、自分自身もかつて、そんな子ども時代があったことを思い出してみると

何だか自分が愛おしく感じられてくるから不思議です。


子育てはいつも自分育てですね。














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